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ダイビングを深化する

シーラカンスが棲む海へ ダイバーたちが命を懸けた水深113m、3分間の奇跡②

4億年前からほとんど姿を変えることのない「生きる化石」、シーラカンス。
その姿を直接肉眼で見た人間は、世界中でたった24人しかいない。

なぜか。

それは人間が到達できる極限、南アフリカ・ソドワナ湾の水深120m以深の海の底に棲む。
地上の10倍以上の圧力に耐えうる体、そこへ潜るテクニックと知恵、果てなく広がる暗青の中で平常を保つ精神力。
そんな能力を持ち研鑽を積んだダイバーしか、そこに辿り着くことができないからだ。


それだけではない。
自然保護区域内のそこに潜り撮影するには、無理難題ともいえる厳しい条件をクリアした現地政府のパーミッションを得なければならない。
そんな場所にシーラカンスは生きている。

「そこへ潜ってシーラカンスを撮る」。
それを目指した一人の日本人がいた。
前田和彦氏。
実業家でテクニカルダイバー、水中写真家だ。
前田氏はその海に潜るため、綿密な準備と研究を重ねながら現地住民の方々と信頼関係を築いてきた。その年月、6年。そして2016年、遂にパーミッションを手にしたのだった。

「海への鍵は手にした。次は、人だ」

シーラカンスを撮影するという一つの目標のためには、さまざまな力が必要だった。
「100m以深を潜るダイバー。それを支えるため、深さ70m地点までの段階的な水深で待機する数人のバックアップダイバーたち。リブリーザー(吐息を排出せず、その成分を調整して再び呼気用ガスとして使用する循環式呼吸装置)などの器材メンテナンス。写真や映像の撮影技術。魚類生態の知識。このすべてがプロフェッショナルでなければ計画は成し得ない」。

そんな人材が日本にいるのか。

当時国内には、テクニカルダイバーもそのための器材も今ほど多くはなかった。ましてや100mを超えるような大深度を潜るダイバーはほとんどおらず、前田氏が知るのは数人だけだった。
だが、たとえそんなスキルをもつダイバーがいたとしても、日本から遠く離れた南アフリカの海まで自分についてきてくれるのか。

シーラカンスプロジェクトのために器材を揃える前田和彦氏
プロジェクトに必要なダイビング器材やカメラを一から私財で揃える前田和彦氏

深くを潜るその安全性に絶対的な保証はない。撮影には数ヶ月の時間を要する。その間、仕事も空けなければならない。
国や学術団体の協力があるわけでもなく、スポンサーがついているわけでもない。計画も準備も資金も、すべて前田氏たった一人の主導。器材が既にあるわけではなく、一からすべて検討して揃えなければならなかった。

そんな不安を抱く一方で、前田氏は多くの申し出を受けることになる。
プロジェクトを聞きつけたダイバーたちが続々と参加に名乗りを上げてきた。日本人が未到の海へ、しかもシーラカンスを撮りに行くという前代未聞の計画は瞬く間に広まっていた。

だが、このプロジェクトにふさわしいダイバーとは一体どんな人物なのだろう。
もしシーラカンスを目の前にしたら。たとえばそれがそこに滞在できるギリギリの時間だったとしたら。その時ダイバーはどうするか。

「予め決められたルールを守り浮上するのか、それとも『あと少し』と先へ進むのか。そのダイバーがもし先へ進んでしまうのであれば、私は決して選ぶことはできない。個人の欲望を突き通すのではなく、チームとして1つの目的に向かうために行動し実践できるか。それは絶対条件でした。プロジェクトを成功させるために、全員がその場所から無事に戻ってくるために」。

前田氏が彼らを選ぶことはなかった。

安全が確証されているわけではないシーラカンスが棲む水深113mへの潜水
シーラカンス撮影という目的達成するためには一つのチームとしての行動が必須だった

「命懸けのプロジェクトであることは間違いない。だが決して命を失ってはならない。だからこそこのプロジェクトの難しさを、本当に理解できるダイバーでなければ」。
前田氏は田中光嘉氏に相談した。彼は前田氏が初めてこの夢を打ち明けた人物で、右腕だった。
当時テクニカルダイビングの指導団体 INATD JAPAN代表を務めていた田中氏は、国内屈指のダイバーたちを数多くを知っていた。そして1人の人物を教えてくれた。

田原浩一氏。その名は世界中に知られるテクニカルダイバー。混合ガスやリブリーザーを自在に操り、世界各国の海で洞窟・沈船などの閉鎖環境を潜るスペシャリストだ。だが、そんな田原氏であっても100mを超える大深度を潜った経験はそれほど多いわけではなかった。

前田氏はすぐさま田原氏の元へ向かった。

勿論彼の名は知っていた。だが面識があったわけではない。それに荒波の中を一匹狼のように進み、技術を叩き上げてきた彼のこだわりの強さや頑強な気質も知っていた。そこに「南アフリカへシーラカンスを撮りに行きませんか」と、普通なら突飛に思われるであろうオファーに彼は応えてくれるのだろうか。そんな不安もないわけではなかった。

田原氏は静かに席に着いた。

幼心に刻まれた幻の存在、シーラカンスが泳ぐ姿を見たい。その思いを今の自分なら現実のものにできるかもしれない。そのための計画を練り上げ、現地政府のパーミッションも手にしている。だがこのプロジェクトに不可欠なのが人であることーー前田氏がそう説明するのを、田原氏は真っ直ぐに見ていた。その強さに前田氏は答えを知った。
口を開いた田原氏が発したのは「やる」。その一言だった。

世界に名を知られるテクニカルダイバー・田原浩一氏と魚類学者でダイバーの坂上治郎氏
世界に名が知られるテクニカルダイバー 田原浩一氏(上)と魚類生態・行動学を研究する坂上治郎氏

深くを潜るダイバーと共に、プロジェクトに欠かせないのが魚類の専門知識を持つ人材だった。
「坂上治郎。彼以外考えられない」。

前田氏の15年来の友人で何度も共に海に潜ってきた。
彼は大学で水産学を専攻し、卒業後はパラオに拠点を移し研究を続けていた。シーラカンスと同様「生きた化石」と言われるムカシウナギを発見した人物でもある。
「観察力、洞察力、そして経験に裏付けられた第六感ともいうべきセンス。彼にはまるで魚が何を考えているのか知っているような勘がある」。
そして彼は、100mを潜ることのできるダイバーでもあった。
魚類学者でありながらリブリーザーを使い大深度を潜る人物など、日本に彼しかいないだろう。

「ああ、行くんですね。前田さん」。
プロジェクトについて告げられた坂上氏は、驚きもしなかった。
前田氏と兄弟のように付き合ってきた彼にはわかっていた。
前田氏の本気も、このプロジェクトを動かし実現する力ががあることも。坂上氏はそれを信じていた。
「学者にとって、一人のダイバーとしてシーラカンスを見るチャンスは夢のような話。断る理由などない。だけどそれだけではありません。ゼロから南アフリカの海底に向かう、前田さんと一緒に夢が見たい」。

潜り、撮ることをきっと可能にできる。そう信じられる人物たちの参加は前田氏の胸を熱くした。田中氏、田原氏、坂上氏。チームに核が生まれ、そして動き始めたのだ。

人間にとって過酷な深度

「自分の身は自分で守ってくれ。この深度はスキルは勿論、ダイバーにとって最も重要な精神力、そして自身の状態の認識と周囲の状況把握、先の展開とその時々の状況を予測する能力、つまりアウェアネスが信用できるレベルの奴でないと一緒に潜れない」。
器材のセッティングも安全管理も、田原氏の厳格さは噂以上のものだった。器材は決して他人に触れさせない。緊急時のシミューレーションは怠らない。レギュレーターを取りやすいように設置する角度すら決めていた。
そんな田原氏の推薦で、数人のダイバーが候補に上がった。彼らは誰しもが認めるほどの実力をもつテクニカルダイバーたちだった。

いよいよチームが固まり始めた。前田氏はそんな手応えを得ると早速、候補者となったダイバーたちと共にフィリピンのプエルトガレラへ向かった。南アフリカで潜る実際の深さで、安全を確保しながらプロジェクトを遂行するために訓練を開始したのだ。

テストダイブが行われたフィリピン・プエルトガレラの100m以深は光がほとんど届かない真っ暗闇だ
テストダイブが行われたフィリピン・プエルトガレラ。水深100m以深は光がほとんど届かない

水深120m。そこはどのような場所なのか。

深度を深めるにつれ周囲はみるみるうちに暗くなり、視野がどんどん狭くなる。
水深50mを過ぎると、総量100kgの器材を背負う重みが一気に体にのしかかってくる。そのマイナス浮力によって、急速に落ちていく。ダイバーはそれをBCDで必死にコントロールする。目的とする大陸棚に到達できなければ、どこまでも深い底へと落ちてしまうのだ。

ここプエルトガレラの水深100m地点は、光の届かない真っ暗闇となる。何も見えないその場所では、自分がどこを向いていてどこへ向かっているのかがわからなくなり、天地の感覚が消える。
水深120m、静寂の中で聞こえるのは自分がリブリーザーで呼吸する音だけだ。闇の中でダイブコンピュータの画面だけが光る。それはただ限られたダイブタイムを淡々と表示する。そんな極限の中でダイバーは浮上までのタスクを実行していかなければならない。誰かが手伝ってくれるわけでもなく、全ての動作を、全て自分が担う。
ダイバーを襲うのは、ダイバー自身の焦りとプレッシャーだ。

テストダイブが実施された。何千本もの海を潜り、スキルも十分な優れたダイバーが潜る。

慎重に深度を進み、水深120mに到達した。厳しく設定したダイブテーブルよりもさらに長く減圧を行いながら浮上を開始、急浮上などのアクシデントなく減圧シーリングを厳守して予定通りにEXITした。

ところがダイビングを終えて数時間後、一人のダイバーが減圧症を発症した。

水深100m以深の真っ暗な場所に到達後、ダイバーは浮上のタスクを始める。視界の悪さはダイバーに焦りとプレッシャーを与える
暗くて視野の悪い場所でのタスクは、焦りとプレッシャーとなってダイバーにのしかかる

前田氏はただ、大深度潜水の難しさを痛感するしかなかった。

「適切な管理下のダイビングをしていたにもかかわらず、減圧症は起きた。ダイバー自身が自覚できないほどの些細な動作でも、ダイバーを危険に陥れる可能性を生む。それが120mの深さであり、シーラカンスの棲む場所なのか…。痛いほど知らしめられた。プロジェクトの場が人間にとって非常に厳しい環境であることを、この深度を潜ることはどんな強靭なダイバーであっても決して簡単ではないということを」。

さらに前田氏は、深く潜れるということだけがチームの条件ではないということに気付かされる。

テクニカルダイバーたちは器材選びや使い方、安全管理の仕方もそれぞれのこだわりを持つ。それゆえに衝突も起きやすい。「こうあるべき」といった固執や独りよがりの主張がチームの足並みを崩した。

シーラカンスプロジェクトで使用されたリブリーザー
田原氏使用(左:AP Diving)と田中、坂上氏使用(Sentinel)のリブリーザー。
双方ともに重量は30kg前後で、6~7本のタンクと撮影機材などを携えると総重量は100kgにも及ぶ

フィリピンまで来てテストダイブを行った前田氏だったが、チームの結束を阻むダイバーを即刻外した。「目標はただ一つ、シーラカンスだ。チームの存在理由はただそれだけだ。その意味を理解できずチームとして動くことができないのであれば、このチームに必要ない」。

固まり始めたように見えたチームだったが、ここで一つになることはなかった。

シーラカンスが棲む海へ ダイバーたちが命を懸けた水深113m、3分間の奇跡③へ続く

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〔前回記事〕 シーラカンスが棲む海へ ダイバーたちが命を懸けた水深113m、3分間の奇跡①

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